眠れずに迎えた朝に

雪雪さんの「醒めてみれば空耳(2016-09-01)」を読んでよりぼんやりと反芻したり反省したりしている。

私はここまで細密に言葉を選んで書くことはできない。
なぜなら書くことを怠ってきたからだ。
怠っていなくても、読み取れる部分はかなり違ったのではないだろうか、とこの度は思った。つまり距離をうまく保てないのだ。
以下ネタバレます。




欠けているもの、抜けているもの、そこにあるはずとさえ気が付かないほど当たり前にあるもの。
そういうものを伝うように今村夏子さんの「あひる」の中を歩こうとすると、あるところで手がどこかへすり抜けてしまう。

でも家の中部屋の中目を凝らしても、そこにはあるべきと言われるものはあるのだ。

そういう描き方ができる。
盲点、名前のついていない少しの悲しみ、ほんとうのことを言う子どもが来ても、反射的に守ろうとされるのはそれまでの「大きな悲しみの去った世界」。

自分のアシをおそらく持てない主人公。
長い長い引き伸ばされた夢。

勝手に英雄になり帰ってくるであろう兄と、それでも決してその家族を救わないであろうと予感される小さな命。

私は主人公がやっと本当にのりたまを見送ることができた、その死を知ることができたシーンがとても好きだ。

それでもその死は、代補されてしまうのだけど。
自分のしなかったことを感謝されるのりたま。
それでも葬送のささやかな儀式はとても美しく描かれ、そこに嘘はない。

突然やってきては名前をもっていて真実を言い当てて、それでも呪いは解けたりしない世界に踏み込んできた女の子の名前が、懐かしく感じた。

開放の予感なく閉じる物語の主人公に私は何も祈らない。しあわせというものがどんなものとして彼女につかまれるのか、私は知らないからである。

青_1999


セイ
あお
セイタカアワダチソウ

アオイ色
青い色
いろめきたつ
タチバナ
中道を行く
砂煙の立つ
土埃の立つ
乾いた夏
目も上げられぬ
日光
焼けつく
嫉けつく
付け焼き刃の
想い
想念は
熱に溶け
夏に解け
嫉かれて消えて
それはなかった暗箱
の底へ
突き落とされる
白日のもとで
殺されたカゲロウ
蓋をした箱の底
低い声で唸り続ける
振動
カタカタ
あけろ
あけろ
白日はあきらかに
あきらかな
命を好み
引き上げられる刹那
引き伸ばされる刹那
刹那の快楽に
天高く飛ぶ永遠の子
溶けて落ちる
夏の効用
草の陰は濃く
夏の闇もまた濃く
乾いたヒル
湿ったヨル
熱の思いに満ちた空気を
身に受け止め
すべての思い
叶えるといい
刹那の魔法
刹那の邪法
闇の濃いうちに
いちにちの命のカゲロウ
小さな羽音生み出す振動
燃える命
摩滅した感覚に
見過ごされ
殺され果てる
ものとせぬ
踏みとどまれ
踏みとどまれ
日々の闇
人の闇
闇は見ずともそこにあり
目隠し鬼さん
手の鳴る方へ
その音はおまえの心臓
その鼓動
手の鳴る方へ
手の鳴る方へ
手の鳴る方へ

ほどけるまでの、長い、時間。 2003年01月23日

ほどけるまでの長い時間
2003年01月23日(木)02時57分58秒



こんばんは。
明日はお休みなので夜ふかしをしている私です。


 悲しみのただ中にあった頃、私は「それ」以前の自分の明るさや、失った人との暖かい思い出などを、すぐには糧にはできませんでした。
 どんなにイメージをひらこうとしても、現在との落差を感じてつらくなったり、恐ろしい事やつらい事が頭に割り込んで立ち現れてきて、私がする自分を浮上させようという努力は、何度も壁にぶち当たってこなごなに砕けました。
 
 苦しみと、幸せは、やっぱり比較できない。というのが私の実感です。
 
 比較する事がとても苦しい。
 だれかより幸せなはずだから苦しんじゃだめだとか、つらいことよりも暖かかった思い出を取ろうとしても、赤子の泣き声のように懸命に、苦しみは私の関心を、意識を割くことを、求めつづけていたように思います。

 私は始めその叫びの真ん中を見据えつづけ、どんどん具合を悪くしていきながら、それを見つづけました。

 そして何度目かの波に乗って今度は右手だけを外へ出し、明るいことを覚えなおし、花の顔を覚えなおしました。

 二本の木を育てるように、引き裂かれそうな気がしながら、左手の苦しみも右手の喜びも、置き去りにしないようにとばかり思いながら日々を過ごしました。

(どちらかの実感でどちらかを撃ち抜きたい気持ちも、いっぱい感じながら)


 長い長い時間が経って、日なたの夕方にふと初めて深く息をついた日に、
 カウンセリングの場で、黙っていられることが……言えないのでなく、黙って、そこにただ座っていられることが……できた日に、初めて、苦しみの結び目のいちばん上がひとつ、ほどけたことを知りました。


 愛する人を失い、愛する人に注いだ自分の心をちぎられたような痛みが、長い長い時をかけて静かに、冷え、静まっていく日には、
 
 とても遠くから、
 日々のこと、
 小さな愛しい思い出は
 失われることなく
 貴女の胸に帰って来ることと思います。


 そしてその時が本当のさようならで、
 また本当に、亡くなった人が貴女とともにあるということのはじまりだと思います。


 どうか、苦しみ続ける御自身を、責める時には、そのことを思い出してください。




2003/1/R様へのメッセージより抜粋、改稿。

おそらく二千年の春、佃の本屋さんでの思いで

三月八日 

♪Laulu vita nova

『魔法飛行』からさかのぼり

ななつのこ』に手を伸ばす。

『魔法飛行』を本屋で手にとり、買おうか買わないか、迷っていた。

もちろんすぐにでも家へ連れて帰って読みたい本だということは一目見てから分かっていた。

けれど今連れて帰って、私の感情はちゃんとしているかしら、と思った。

そっけなく閉じた固い心で、この本をただ読み飛ばしてしまうのは、あまりにももったいなかった。

それでも私の心はとってもこの本を欲していて、レジへ持っていかないでは帰れそうになかった。

迷った頭のまま、足の方はレジへと勝手に向かっていた。

お店のおじさんがカバーを掛けながらふと言った。

――ああ、これはいい本を見つけたねえ。

私は嬉しくなって笑った。

このひとはなにか他にも書いているのかな?

見返しを見ながらおじさんは言った。

もうひとつ前にも書いているみたいです、これはその続編みたいですけれども、私まだ読んでいないんです。

ついそんなことを言った。

ななつのこ』、今度入れとこうね。

本についていた黄色い札にその題名を書き込みながら、おじさんは言った。

また来てくださいね

バイト初日の日、帰ってから、友人と会って、また帰った夕方、日も暮れかけて、青い頃

唐突に冷水を浴びせられたように、寒さと怖さがじわじわと私の体を冷たくしていく。

その影響からつと外れたところで、私は『魔法飛行』の続きをまだ読まなければいけないような、

続きを待っているような、奇妙な心持ちでいた。

読み終わってしまったのに、心に残って、そしてその物語の向こうのことまで考えてしまう、想像してしまう

それはその物語が私にとってとても素敵な、そして大切なものになったあかしであった。

そして本屋のおじさんの言葉を思い出した。

あの本屋さんの、あの本棚に

もう『ななつのこ』はならんでいるだろうか

私は寒さを連れたまま、もう暗くなりはじめた空の下銀色の自転車を駆って

水銀灯を数えながら、黒い水面を越えて、その本屋さんへ向かった。

自転車を降りながら私はお店の奥の、レジの方をちらとのぞいた。

おじさんはいなくて、お姉さんがいた。

少し残念に思いながら、本棚の前に背表紙を上に向けて並べてある新刊本に目を通しながら

か行の棚に近づいた。

既刊本の納められた本棚を、背表紙の色と『加納朋子』さんを探して、追った

けれどあっけなく、さ行へうつってしまった。

私はあらためてレジを見て、また本棚を見て、そっかあ、まだか、まだだよね、うん

などとちょっと寂しく笑いながら、『魔法飛行』はまだ売っているかな、と下の新刊本の並びに目を落とした。

そこには仲良く、二冊の、『ななつのこ』が、ならんで入っていた。

わあほんとうに入れておいてくださったのだなあ、とこっそり幸せになりながら

そのひとつをそうっと手にとった

小さな本の、ひかえめなおもさにもドキドキした。

たずさえたまま、他の棚をなにとはなしに眺め歩いた

そしてようやく、そっと、レジに差し出した。

あのもう一冊の『ななつのこ』は、誰の手に渡るだろう

そしてどきどきしながら

いま、まだ読んでいる最中なのです。

+++++++++++++++
ななつのこ
『魔法飛行』
加納朋子
創元推理文庫

下りていく

下りていく

手つかずの場所から刈りとってくる

わるい記憶の季節から

永遠のように小さく 心を動かした 思い出を

小石の中のきらめきのように かすかなものを

より分ける


そこは洞穴だ

水もあれば灼熱のマグマも煮えたぎる

年月を凝縮させた洞穴

(そこには黒い血もまたあるだろう)

下りていく 物理的な直喩はなしだ

下りていく

触れられない呪い

なんの慰めにもならないけれど。
私以外の人には。

私の形が変わったのだとはじめに教えてくれたのは私ではなかったんだと知った。
私が元通りにすぐになるはずだと思いながら、二度と元通りにならないことを教えてくれたのは私ではなかったんだと知った。

二十歳過ぎた頃、お前なんか死ねばよかったのにという言葉が頭のなかをまわって、その言葉は強く、重く、出てくるたびに心臓を締め付けるようだった。

私は私が自分にそう思っているのだと、今まで思っていた。

目に映らない私。
通らない道理を説かれる。
様々な前提を抜かした、けれどそれがなになのかまだ説明できない前提を踏みつけながら、視線は合うのに、
その目に映らない私。
通らない道理。

重くなる舌、力の抜ける喉。
私より先にあきらめる私の身体。

前の通りでない私ならば死ねばよかったのに、と、教えてくれたのは私ではなかったようで、そんな呪いさえ、気がつくことができなかった。
物理的に、外そうとしても、誰のせいとわかっていても。
それは認識まで落ちてこなかったために触ることのできない呪いだった。

呪いをかけた人はもう、何十年も先の未来へ行ってしまったけれど、今日、それに触れた。

ほどけたのかどうかは、知らない。