薄明から(引用)

人は薄明のうちに、謎とともに生まれる。もしも運命という石が見出されたとしたら、人はそれを限りなく透明になるまで、飽くことなく磨きつづけることだろう。ある人にとって、絵を描く行為は、このような薄明のなかから生まれるのだ。その種子は無心の巣のなかで芽生え、やがて運命の樹として繁茂するだろう。
この薄明のなかで、謎は何を囁くだろうか。薄暮のことを「犬と狼のあいだ」とフランス語で謂う。しかし、人間と獣のあいだにこそ、もっと深く限りない薄明がよこたわっていて、人の知恵では容易に届かぬ、幸と不幸とを彼らとともに分かち合う世界を、せめて彼方にのぞき見たいという誘惑には打ち勝ち難いであろう。人はかろうじてお伽ばなしの世界で慰められているが、星はいつも遥かに遠くにと光りつづける。

瀧口修造『余白に書く2』みすず書房 より

……あるいはもしあなたが風にあこがれて
地下から這い出るセミならば、
最後の土をかき分けた瞬間、
地上の目もくらむ光と同時に
足もとに深く広がるやわらかな闇を
あらためて認識するでしょう。
人々はともすると光と闇のとろけあった
乳白色の混沌の中にさまよいがちです。
(略)
もし精神というものをのぞける顕微鏡が有るとしたら、
やはり皮膚や花びらのそれと同じように
神に存在を約束されたものとして
映し出されるのでしょうか。
それが知りたくて、
それを確かめたくて私は私の精神に棲むものを
作らざるを得ないのです。

天野可淡『KATAN DOLL 〜fantasm〜』所収エッセイより