お父さんが出てくる物語

「ヘフツィール物語」A・レペトゥーヒン (訳)岡田和也(絵)きたやまようこ(未知谷)

を取り出してくる。

 

この作品は著者のレペトゥーヒンが娘の姉妹のために語った物語を編んだもの。

一見するすると読めてしまうおとぎばなしなのだが、『書き手のお父さん』に対する要求があったりなど物語世界と入れ子構造になった外部世界に対して登場動物(?)たちがさらっと自覚しているのが可笑しい。

 

今の私には著者の思想が見えるような物語が読めないので(ものすごく人アレルギーになっている時にそんな風になる)、単純に誰かのために描かれた、誘導の緩やかな物語が心に優しい。

あんまり寄り道したり静養している時間も、私自身の願いのためにはないのだけれど。

幽霊からの手紙何通目

六月三日:砂時計のようにどんどん零れ落ちて行く。
じっとしているとだんだん自分がガラスだけのような気がしてくる。
砂は全て零れ落ちてそこらへんに散らばっている。
とりあえず死なないために昼飯を食べる。
寒い。
止まったら終わりの気がして家の仕事を片づけていく。
片端からやっていく。
目標を立てる。
家を出て図書館へ行き小説のための資料を見ることにする。
自転車で行こうと考えていたが鍵を忘れ、歩くことにする。
頼まれたマーガリンを二つ買い、橋を渡り向こう岸へ。
目に付く花々をたどりながら図書館へたどり着く。
「特別整理日のため休館です」
仕方がないので古本屋へ行こうと思う。
途中の中古CD屋でブランキーのCDと「彼氏彼女の事情」のサントラを見つける。だがいつ出費があるかわからないのでなくなくおいてくる。
古本屋で「リンウッド・テラスの心霊フィルム」を買う。
古本屋に長居し過ぎて途中でおかしくなる。
文字の羅列斜めの意味の分からない字のながれ背表紙背表紙背表紙(落ち着け)配列激震なかのマニュアル精神構造(呼吸を忘れるな)宇宙のシュレディンガーの猫は元気か?……
 息を吐き首を振り生きている振りに戻る。
 大丈夫、生きている。
 爪が手のひらに食い込んでいる。
 店主が不振そうに見ていた。
 けれど本を買う時は笑って会計してくれた。
 サンクス。
帰りぎわ黄色くよどんだ夕日。川面に映って黄金に輝く。
キラ、キラ、
自分にも日が射している。
自分も太陽の対象物だとぼんやり思う。
砂時計の砂が落ちきる。
体が重く一歩一歩確かめるような歩きになり右と左の役割を再認識。
腕を振り眉をきつく顰めて何かを引き出そうとするがそれも旨く行かずだらだらとプール帰りの子供のように歩く。
今まで私を日々生かしていたものは何だったか。
昼御飯。
をろくに食べなかったからこんなに無力感に襲われるのか。
正解。
明解。
太陽を見返し腕を振り上げ偽物の気力を絞り家へたどり着く。
歌がない。
音がない。
リズムが消えている。
だから旨く歩けない。
そう思ったが何も何の歌も思い出せないそんな自分が
ただただ
茫漠と─。

(1999)

脳味噌を

興奮させると危ない、
と言われているのにネットを見るので、
トーマ宇宙飛行士(それはお名前のほうだ)
の写真だけ見るひとつき、などにしたほうが
よい気がばしばししています。

「青空」zabadak
はよい意味で引用しました。
未来を考える時に今の年齢になると残りを考え出すものですが
(中にはもっと早い人もいる)

未来に行くのだという気持ちを込めて。

おやすみなさい。

郡山テレポート

郡山の本屋さんを訪れる方に書き置きを。

みどり書房桑野店 の本棚
http://thegiverisreborn.blogspot.jp/2012/09/blog-post_23.html?m=1
から
みどり書房イオンタウン郡山店 の本棚へ
ジャンプ。
(図書新聞にも寄稿されている東野徳明様のテレボート先です)

webを使わない方にも近辺にお住まいの方々に届くといいな。